監修のことば

東北大学医学部 老年科 名誉教授
仙台富沢病院
佐々木 英忠 先生

物覚えが良く知識も豊富で与えられた仕事は何でもこなせるが、ひとりになったとき何をやったら良いのかわからないという人をたまに見かける。そのような人は知識はあるが何かをやりたいという情熱が不足している。人の脳は知識を受け持つ新皮質と情動を受け持つ大脳辺縁系に大別されるが、何かをやりたいという情熱が人の目的で、知識はその情熱を達成するための手段でしかない。動物にも生きていくための知識は十分あるが、動物になくて人で発達している能力は情動機能であると言われている。
加齢とともにあるいは病のため、物忘れが増え、社会活動において限界を超えるほどの不都合が生じる場合が認知症である。認知症の診断に認知機能検査(Mini-Mental State Examination, MMSE)があり、30点満点の23点以下を認知症の目安として用いられているが、MMSEは新皮質の認知機能を診断しているにすぎない。しかし、人としての特徴である情動機能は認知症では注目されてこなかった。我々は情動機能検査(Mini-Emotional State Examination, MESE)を開発し調べたところMMSEが低くともMESEは正常値を示す認知症患者が少なからずおられることを見出した。情動機能が保たれていて思いやり、悲しみ、喜びを理解できる人は、知識は衰えても人として情動豊かな人生を享受できることを示唆している。
我々は7年間、情動を刺激する物語の読書会を認知症に定期的に行ったところ、感動し泣いたりするなど、良好な情動刺激に対する良い反応を得ている。死を免れられないように物忘れや体の老化は自然の摂理であるが、情動機能が残っている認知症患者の情動を心地よく刺激することにより、認知症になっても有意義な人生を過ごせると考えられる。皺が年とともに増えることは自然のなせる技で止められないように、認知機能を薬剤や脳トレーニングでいくら刺激しても劣化は免れないが、情動は刺激可能である。情動機能があれば、加齢とともに劣化した認知機能や体力に見合うだけのささやかな喜びを得て幸せにつながると考えられる。別の言葉でいえば、手段である認知機能と目的である情動機能とが平衡した状態である『平衡老化』が認知症の治療目標といえよう。薬物では喜ばすことはできないが情動療法での情動刺激は可能である。
認知症は治療薬もなく大変な疾患であるといわれているが、加齢とともに劣化する認知機能にのみ注目しているために手の施しようがないように見えるからであろう。しかし、残っている情動機能に注目すると、情動に良い刺激を加える方法は数多くあり、情動が心地よく刺激されればその人らしい人生が送れると考えられる。認知症患者の約半数に精神行動異常(Behavioral and psychological symptoms of dementia,BPSD)が見られ、それにより認知症はさらに困難な病気ととらえられている。しかし、怒ることも、暴力をふるうことも、笑うこともできる人は情動機能が残っているにほかならず、このような人に良い情動刺激を行うことはBPSDを軽減させる。BPSDに向精神薬を用いておちつかせる方法は、情動機能を抑制しているにほかならない。情動機能の抑制は認知症患者が人生を楽しむことと真逆の方法である。本協会はいかにして情動機能を刺激し、認知症になっても人生を楽しく過ごしていただくかを探る研究会でもある。加齢とともに認知症になることはやむを得ないとしても、にこにこと笑顔で過ごしていただければ介護者のご苦労も軽減されると同時に、認知症患者は縁側で座って日向ぼっこを楽しめる普通の高齢者であり得ると考えられる。

 

ドクターの紹介

dc_sasaki【佐々木 英忠 先生】
東北大学医学部 老年科 名誉教授
仙台富沢病院

1966年: 東北大学医学部卒業、第一内科に入局
1976年: ハーバード大学留学
1987年: 東北大学老年病学初代教授に就任
2000年: 日本老年医学会会長 2001年: 日本老年医学会理事長
2005年: 東北大学退官後、東北大学名誉教授となり秋田看護福祉大学長に就任
2010年: 仙台富沢病院顧問
所属学会  日本老年医学会名誉会員
研究分野  老年医療、認知症、廃用症候群、介護機器開発など

dc_fujii【藤井 昌彦 先生】

東北大学医学部 臨床教授
仙台富沢病院

1983年: 弘前大学医学部卒業
1987年: 同大学院卒医学博士
1996年: 東北大学医学部大学院研究生(老年内科)
1999年: 医療法人東北医療福祉会 山形厚生病院 理事長
2007年:東北大学医学部臨床教授(老年内科)
2004年: 医療法人仙台医療福祉会 仙台富沢病院 院長
2010年:同統括理事長
所属学会  日本老年医学会代議員、日本認知症ケア学会など
研究分野  老年医療、認知症、廃用症候群、介護機器開発など

  • Facebook
  • twitter
  • Hatena